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松井秀喜選手 5打席連続敬遠の時の5番バッター月岡信成選手の今

   

今夜のアメトークが甲子園芸人
ということで、甲子園時代の松井秀喜選手の
伝説が話題になっています。
「5打席連続敬遠」ですね。
この時、敬遠の後の5番打者である
月岩選手が打っていれば、勝てた
という声が多かったようです。
その当時の詳細と、月岩信成選手の
今について、お話していきたいと思います。
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5打席連続敬遠

1992年8月16日に甲子園球場で行われた
第74回全国高等学校野球選手権大会2回戦
星稜高校VS明徳義塾高校の試合で起きました。
しかし、この時、月岩選手が打てなかった
(1点獲っていますが)理由は
相手チーム明徳義塾の馬淵監督が
月岩選手を徹底的にマークしたからなのです。
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月岩選手の当時の写真
松井選手を敬遠しても月岩選手を
抑えられなくてはこの連続敬遠の
作戦は成り立ちません。
ですから、馬淵監督は月岩選手を
ビデオなどで徹底的に研究したのだそうです。
その結果、月岩選手は弱点を突かれ
打つことができなかったのです。
完全にこの敬遠策にやられてしまった
ということなのです。

月岩選手が批判にさらされることも

しかしながら当時は
月岩選手が批判の的に
なることもあったそうです。
大学時代も野球をやっていたのですが
5打席連続敬遠のことで先輩と口論になり
野球部を辞めてしまったのだそうです。
そのことから、月岩選手は
野球から離れる人生を送るように
なりました。
今では、月岩選手が敗因だという人は
もういないと思います。
実際に試合内容を見れば
月岩選手のスクイズで1点を
獲っています。
しかも、場内は敬遠が行われる度
大ブーイングが起きたり、
物が投げ込まれたりしていました。
そんな状況で高校球児が平静を保ち
プレーをできるかというと、
難しいと思います。
実際、明徳義塾高校は、
次の試合で大ブーイングにあい
8-0で大敗しています。
プレッシャーは、こうも
プレーに影響するのです。

月岩選手の今は?

月岩選手は今「つきのや」
という居酒屋を石川県の七尾駅の
近くで経営されているそうです。
そして、当時のことは
「自分しか味わえない経験だった。
あの試合は僕の人生の宝なんです」
と語っているそうです。
当時、試合に参加した人にしか
わからないこともあるのでしょう。
このことは、間違いなく今後も
野球史に残ることでしょう。
5打席連続敬遠
この時松井秀喜選手の裏で
責任とプレッシャーのもと
戦った月岩選手にスポットを
当てました。
最後に、この試合の
得点時の状況をまとめましたので
興味がある方は御覧下さい。

5打席連続敬遠の試合詳細

【1回オモテ】で2アウト
1・3塁にランナーという
チャンスで松井選手の打順。
これを敬遠、ここから5打席連続の
敬遠が始まります。
【2回ウラ】明徳の攻撃
4番岡村がセンター前にヒット、
これを、センター清水エラーで2ベースに。
次の打者でフォアボールでランナー追加で
1・2塁にランナーの状態に。
さらに、次の打者でキャッチャー北村が
パスボールをし、3塁まで進みます。
次打席、6番青木のスクイズにより
1点先制します。
星稜0-明徳1
7番久岡選手レフト越えヒットで
もう1点追加で、この時点で
星稜0-明徳2の状態に。
【3回オモテ】
1アウト満塁の場面で、
月岩選手のスクイズによって1点を
返しました。
ここで、しっかり仕事はしています。
【3回ウラ】1アウト満塁
明徳の加用選手が1・2塁間を抜ける
タイムリーヒットを放ち星稜1-明徳3。
【5回オモテ】
2アウト1・2塁の場面で
6番福角選手がレフト前
タイムリーヒットで1点。
星稜2-明徳3の1点差に迫る。
この後は一進一退の攻防で
両者得点には至らず、そのまま
試合終了となりました。
今日も、最後までお読み下さり
ありがとうございます。
それではー!

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